お昼寝うとうと (お侍 拍手お礼の五十三)

        〜寵猫抄より
 

ずんと長かった梅雨がやっと明け。
明けた途端に今度は地震が襲い来たってのこと、
帰省にと利用者の多い高速道路に支障が出てしまったという、
何だかてんやわんやな印象の残りそうな 今年の夏で。
それでも…随分と前に予定を立てていた、
取材と慰安を兼ねた小旅行にも出掛けたし。
結構充実している日を過ごすうち、

 “もう盂蘭盆か。”

何だか今年は特に あっと言う間な気がすると、
徹夜明けの身で見やったテーブル上の電子時計、
日時の数字にそんなを感慨覚えた、
島田せんせいであったりし。
天候不順で世間様が落ち着きなかったせいもあったが、
こちらのお宅ではそれ以上に、
この夏という日々の毎日毎日が、いちいち特別なそれであり。

  風鈴ちりりん、蝉がじいじい。
  妙にまったりした昼間日なかの、
  なのに むわっとした空気の威圧とか。
  不意に金っ気の匂いがし、蝉がひたりと鳴きやんで、
  不思議な沈黙へ あれ?と思う間もなく、
  草むら叩いてどっと降り落ちて来る驟雨とか。
  雨上がりの窓に、簾
(すだれ)がはたはた揺れていて。
  いつの間にだろう、
  蝉の声が かなかなかな…っていうのと入れ替わる。
  ちょっぴり つんとする煙の匂いは、
  蚊を落とすためのお線香。
  赤い端っこへ触ったら火傷をするからダメよと、
  お膝に乗っけられての何度も何度も、
  シチとシュマダに教わった。

スイカに花火に、浴衣に団扇。
お部屋の中にも茣蓙敷いて、
ちめたい氷菓子に 冷たいそうめん、
大きい盥でのちゃぷちゃぷ水遊び…などなどと。
新しく加わった家人の仔猫が、
初めての夏のあれやこれやを、
物によってはおっかなびっくり、
それでも好奇心には逆らえずのこと、
小さな手を伸べ、
見ちゃあ触っちゃあ 堪能している。
満喫している、そんな夏であり。

  ―― そしてそして

手持ち花火のしゅぱっという点火へ、
びっくりした弾み、後ろざまにこてんと転んでも。
心地いい水の感触へ、
はしゃいではしゃいで ずぶ濡れになってしまっても。
いかにも屈託のない様子がそのまんま、
それを見守る大人二人へも、楽しい感慨、招いてやまず。
旅先の宿では、
家にはなかった扇風機が勝手に首を振っているの、
うにゃい?と小首を傾げて見やってから、
その周囲でちょろちょろと首振りに合わせて回ったその挙句、

 『…っこらこら、触ってはダメだ。』

それはさすがに“殿中でござる”とばかり、
七郎次が咄嗟に…両手両足まとめ掴みという強引さで制した、
扇風機へのタックル事件もあったりし。
決して安寧なばかりでもなかったのではあったけど。

 “…それでも。”

どの夏の話でしたっけと曖昧にはならぬだろ、
印象深いそんな夏が、もう半分以上を消化しつつあるわけで。

 「…シチ?」

執筆という名のお籠もりに入っていても、
いつもなら向こうから、
今が何時(なんどき)かを忘れぬようにと
言わんばかりの定時定時に、
食事の差し入れを運んで来る秘書殿だのに。

  今朝は何故だか、なかなか姿を見せぬから。

空腹になったということでもなかったが、
恋女房の愛しい姿、
なかなか拝めぬは気になるというもの。
どうしたものかと席から立っての書斎を出、
居間や寝室のあるほうへ、
とぽとぽ歩いて運んでみた勘兵衛で。
顎にたくわえた剛い髭、大きなその手でさすりつつ、

 “いやに静かだの。”

珍しいことに寝坊でもしたものか。
いやいや、自分が一緒では夜更かしとなるものが、
そうではない晩ともなれば、
久蔵を寝かしつけがてら、
彼もまた随分と早寝をする七郎次なのを知っている。
小さな仔猫が“ふにゃにゃん・とろりん”と、
潤みの強い眸を伏せながら、徐々に寝入ってゆく様を、
飽かず眺めているとしたならば。
その愛らしさについついつられて、
自分もまた ことりと寝入ってしまうのも、詮の無い反応と言えて。

  ―― しかもしかも

 彼らにとってはただの仔猫じゃあないから余計に、
 眠りへの誘
(いざな)いも強いというもので。

赤みの強い大きな目許、
何度も何度も無理から開いちゃあ、
まだ起きてゆのと言わんばかりに頑張るところとか。
そんな目許ややわやわの頬、
小さいなりに繊細な作りの小鼻など、
惜しげもなくのぐいぐいと、
手の甲で押し潰して擦って見せる稚
(いとけな)さとか。
そんな得も言われぬ愛らしい素振り、
すぐの間近に見やっておれば、
微笑ましさに心もすっかりと和んでの、
こちらまでもがそのまま寝入るには十分で。
そんな癒しにひたった末のこと、
ぐっすり眠ったのだろう翌朝は。
こちらが徹夜に近かったせいもあっての、
年の差つくづく感じるほどに、
そりゃあ元気な様を見せる七郎次…であるのが常だのに。

 「し……?」

辿り着いたるリビングにて、やはりと人影見つけたものの、
何だか様子が…ちと訝しい。
板の間に敷かれた夏用のラグ、
綿入れだが外側のカバーは麻のさっぱりした感触のそれへ、
突っ伏すようにして横になってる七郎次であり。
片方の腕を頭上に当たろう前へと投げ出した格好で、
残りの全身は、床へとうつ伏せ加減の横倒し。
いかにも力尽きてばったりと倒れました…
というよな姿勢になってはいるが。
そんな彼を見て、
なのに勘兵衛がいつぞやほど焦らなかったのは、

 「…久蔵?」

七郎次大好きの仔猫様が、
こちら様もやっぱり、そりゃあ静かに寄り添っていたからに他ならず。
赤みの強い双眸をじっと向け、
サイドボードのガラス扉に映っている仔猫の様では、
猫には独特な兎口
(みつくち)を、
きゅうとおごそかに閉じての無表情なまま。
それでもどこか、整然繊細な気色を感じる、
一端にも見守る態勢を保っておいでなの、
ほんの一瞥という見方をしてもあっさりと判るほど。
そんな姿勢を、小さくて幼い童子の姿で務めているのを見た日にゃあ。

 “何で起こしてくれませなんだと、矛盾したことを言われそうだの。”

退屈だよ詰まんないよと拗ねるでなくの、
じっと大人しいままの無表情。
いやいや、なんの。
幼いながらも慈愛を込めて、
大切な存在を一心に見つめる様は、
静寂を保つことで眠りをも守るかのような、
無垢な真摯さに満ちており。
いつも無邪気な久蔵が、そんな真剣な様子でおったと言えば、
自分も見たかったのにと、七郎次もしごく残念がろうけど。
でもでも、誰を見守っていての姿かと思えば、
そんな当人を起こしてしまっちゃあ、
たちまち見られなくなってしまうものじゃあないかいな。

 “……。
(苦笑)

そんな愉快なことをば思いつつ、
気配を伝えぬようにと戸口で止まり、
小さな家人が寝入っているお兄さんを見守る様、
こちらも重々堪能させていただく勘兵衛であり。

 「……にゃ?」

だがだが、そこは鼻の利く仔猫。
大好きな勘兵衛の気配とあっちゃあ、こうまで至近で気づかぬはずがない。
そろとお顔を上げて見せ、それでもすぐにははしゃがずに、
みぁんと小首を傾げて見せるので、

 「判った判った。」

自分は動けないのと言いたげなのへ応じてやって、
こちらからそろりそろりと歩み寄る。
絹糸のような金絲の後れ毛、頬へと散らし、
白い顔容
(かんばせ)斜めに伏せて。
やはりやはり完全に熟睡中の秘書殿であるらしく。
その傍らにちょこりとお座りしていた小さな仔猫、
勘兵衛の大きな手で掬い上げるよにして抱え上げれば、
そちらからでは握り込み切れぬ小さな手が、
親指だけをきゅうと掴んで来るのが何とも愛おしく。

 「…それにつけても珍しい。」

こぉんなかわいらしい家人を放り出してのうたた寝なんて、
何はなくとも久蔵フリークな七郎次にはあるまじきこと。
こちらの手のひらを椅子のようにし、
ちょこりと座った坊やを物問うようにと懐ろへ見降ろせば、
向こうからも見上げて来た彼が、

 「……にゃあん。」

自分の小さな手と腕と、ちょいちょいと前へ振って見せ。
そうしてから…自分の左の手ばかりを うんせうんせと延ばすので、

 「?? ……あ。」

倒れ込んでいる七郎次の姿を改めて見直せば、
頭上へと延ばした左腕の先、持っていたのは猫じゃらしじゃあなくって、
ちょいと使い込まれた年代物の……蠅たたき。
ということは、

 “…そうか、アレが出たか。”

後で目覚めたご本人に聞けば、
うっかりとリビングにて寝込んでしまったものの、
ちょっとトイレにと目覚めた矢先。
出ていきかかったリビングへ、
廊下から壁を這っての飛び込む“影”を見かけたそうで。
見てしまった以上は放ってもおけず、
さりとて執筆中の勘兵衛を呼ぶ訳にもいかず。
トイレはさておきという順番で、大急ぎで納戸に直行し、
戻ったリビングの家具の隙間を目がけて殺虫剤を噴霧して。
それからそれから、
時折かささこそそと音がするのをびくびくしもって聞き耳立てて、
じっと待ち続けること……ほぼ1時間。
根負けしたか薬が効いたか、よろよろと出て来たのを思い切り叩いて始末をし、
それからの処分をするのがまた ひと仕事。
掃除機で吸うのも何だかいやで、
ビニール袋で手をくるみ、
その状態でキッチンペーパーを何枚も重ねて、えいやと摘まんだそのまんま、
大急ぎで袋を裏返しながら外すと、口を縛ってお外のゴミ箱へ。
その“えいやっ”までがまた、微妙に何分もかかってしまい、
そんなこんなで興奮したせいか、

 『そこからの二度寝がまた、なかなか出来なくて。』

それに、他にもいるんじゃないかと思うと落ち着けなくて。
久蔵もいることだしと、
結局 リビングから離れがたくなってしまったその末に。
随分と時間が経っての明るくなってから、
それでようやく気が緩んだか、
もはや二度寝とは呼べない時間帯に、
今度は睡魔に負けての転た寝をしてしまっていたのだそうで。

 『久蔵が見守ってたんですって?』

あらら、ごめんね。ご飯を待ってたんでしょうかね。
ふわふかな金の綿毛をよしよしと撫でてさしあげる様子は、
特に変わらぬいつもの彼だが、

 『見失ってからそうまで待たんでも。』

そこが勘兵衛には どうにも飲み込めず、

 『放っておけぬものか?』
 『おけませんてばっ。』

姿は見えずとも どっかにいるって判ってるんですよ?
それが思わぬ拍子に出て来たらと思うと…と、
ぶるぶるっと総身で震えたのへ、

 『にぃあん。』

お膝に座ってお顔を見上げ、甘い長鳴きをして見せた久蔵は、
まるでそんな七郎次をよしよしと宥めているようにも見えたほど。
それほどに怖い想いをした七郎次お母さんだったの、
蠅たたきで全てを察せよと勘兵衛へ指摘したほど、
実は一部始終 見てしまったらしき仔猫さんとしては。
成程、自分のご飯なんて後回しでいいよと、
ボクが見てるからまだ寝ててよと、
そんな心持ちになってもいたらしく。

  父と子で見つめ続けて幾刻か

やがてやがて、ハスのお花がそろりとゆるやかに開くよに、
そりゃあやさしい細おもてが、
じわりじわりと目覚めるの、じっくり堪能させていただいてから。

 「さあ、それじゃあ朝ご飯に致しましょうか。」
 「うむ。儂も腹が減って来た。」
 「ふふ…。久蔵はどうですか?」
 「み?」

やっと目覚めた七郎次さんが、
ひとしきり事情をお話ししてから、さてと。
そりゃあ手際よく用意した和食が一式。
えのきと絹ごし豆腐のお味噌汁に、
きゅうりの浅漬け、マグロぶしの佃煮で脇を固め、
メインにあたろう炙りたてのカマスの一夜干しを、
丁寧に裂いてやりつつの遅いめの朝ご飯へ。
はぐはぐと一生懸命に食いつく健啖家っぷりをご披露するのは、
それからほんの小半時後のお話だそうです。
(苦笑)



  残暑お見舞い申し上げます。



  〜Fine〜  09.08.15.


  *日記にも書きましたが、
   昨夜、久々に(でもないか)黒いのが出たもんで。
   退治出来ても平気じゃあないので、
   うっかり見失ったの、
   また出て来ぬかとじっとじっと待ち続けてしまい、
   それが未明の2時すぎから3時頃のこと。
   やっとよろりら出て来た上へ殺虫剤をかぶせて、
   (底がドーム状になってるでしょ?)
   それからやっとの二度寝をしはしましたが、
   結局はさして寝てなくて。
   お陰様で今日は凄んごい眠いです。

   黒いの相手じゃないですが、
   そして、忠犬ハチじゃないですが。
   気まぐれな印象の強い猫族であっても、
   待ち伏せとかさせると、
   じっとして待ってる例は結構あるそうで。
   忠犬ハチは忠心と忍耐から待ち続けたんでしたが、
   猫の場合は……執念なんじゃないかと思うのは、
   勝手な先入観というものでしょか?
(苦笑)


めるふぉvv
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